史跡
2-4.柴田勝重墓

 新川4丁目の春清寺墓地にある。

 織田信長の死後、柴田勝家(勝重の祖父)は豊臣秀吉に滅ぼされる。勝家の孫、勝重は成人してから徳川家康に仕えた。そして、この仙川の地を与えられた。

 今の新川団地のところが勝重の陣屋のあとで、「島屋敷」という地名になっていた。

 勝重は、寛永9(1632)年、52才で病死し、春清寺墓地に葬られた。宝篋印塔の雄大な墓で、法名は「揚源院殿雄山浄英居士」である。

 【所在地】新川4−4 春清寺

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