史跡
2-6.三木露風墓
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牟礼5丁目の大盛寺墓地にある。 露風は、明治22(1889)年、兵庫県に生まれ、本名を「操」という。早大・慶大に学び、学生時代から詩集を刊行して象徴詩の代表的な作家として一時代を画した。 「赤蜻蛉 とまっているよ 竿の先」は、露風の高等小学校時代の作句で、童謡『赤蜻蛉』の4番の歌詞になっている。 昭和3(1928)年から昭和39(1964)年12月に交通事故で他界するまでの36年間、本市の牟礼の地に住んでいた。その間、三鷹市をたたえる『新年の詩』や『高山小学校校歌』なども作詩した。 【所在地】牟礼5−14 大盛寺墓地内 |